20世紀に新しく生み出された理論のひとつに「ピッチクラス・セット」がある。
作曲家ミルトン・バビットによって提唱され、理論家アレン・フォートが1973年に著した『無調音楽の構造 ピッチクラス・セットの基本的な概念とその考察』(森あかね・訳 音楽之友社2012年)によって体系立てられ、詳しく説明されている。邦訳の森氏はフォートの弟子であり、ハートフォード大・ハート音楽院准教授を勤められている。この本の翻訳時には僕もささやかながら協力させていただいたので、宣伝を兼ね、この理論の入門編という体で、少し遊んでみようと思う。
作曲家ミルトン・バビットによって提唱され、理論家アレン・フォートが1973年に著した『無調音楽の構造 ピッチクラス・セットの基本的な概念とその考察』(森あかね・訳 音楽之友社2012年)によって体系立てられ、詳しく説明されている。邦訳の森氏はフォートの弟子であり、ハートフォード大・ハート音楽院准教授を勤められている。この本の翻訳時には僕もささやかながら協力させていただいたので、宣伝を兼ね、この理論の入門編という体で、少し遊んでみようと思う。
バビットはトータル・セリエリズムの作家として知られるが、その彼発案の概念であるから、異名同音を等価のものとして扱うことを前提とする。表記の統一を図るために音名ではなく整数を使って音を示す。ドを0として、ド♯/レ♭が1、レが2、以降3、4、と続く。
0
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1
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2
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3
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4
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5
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6
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7
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8
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9
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10
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11
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C
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C♯/D♭
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D
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D♯/E♭
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E
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F
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F♯/G♭
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G
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G♯/A♭
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A
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A♯/B♭
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B
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これによって、音程もまた一つの言い方に統一できる。
「シ♭とレ♭」「ラ♯とド♯」は短3度・長6度だが、「シ♭とド♯」なら増2度・減7度、「ラ♯とレ♭」なら重減4度・重増5度になる。これを「10と1」その差は「3」と表現できるようになる。オクターヴ以上離れた関係もすべて0から11の数字に直す。よって「長10度」であるとか「1オクターヴと完全5度」というような表現をしない。
前に紹介したリーマンの理論では短三和音を「ぶら下がった長三和音」と解釈したが、この理論でも、「ひとつの長3度とひとつの短3度を含むセット(集合)」として、両者は同じものになる。音を数字で考えることに生理的な嫌悪感を感じる人は現代音楽作家の中にも多いようだが、理論はあくまでツールである。これを使ってどのように分析するかを簡単に解説していくが、楽曲分析とは分析者の「環世界」から逃れられないことを示す結果になることもまた、前もってお報せしておく。
さて、この分析法の基礎となる「pcセット」の導き出し方からお話ししよう。
譜例、モーツァルト交響曲第40番第4楽章の展開部への導入。この部分はこの曲の主調である「ソ」を除く「11音音列」で書かれていたのには、お気づきだろうか。任意の4つの音を取り上げ「A」と「B」という括弧をくくっておいた。Aは登場順に「5、9、10、1」。Bは「9、10、1、0」。これをセット(集合)として考える。取り扱う対象は、和音でもメロディ、音列でもなんでも構わない。
A : [5,9,10,1](ファ、ラ、シ♭、レ♭)
B : [9,10,1,0](ラ、シ♭、レ♭、ド)
この数字をできるだけコンパクトにまとめる。たとえばBの場合、ドから数えてラは長6度とも言えるが、転回すれば短3度だ。そういう要領で、できるだけ小さく折りたたむ。折りたたんだら隅に並べて整頓する。最初の数字を0にするのだ。「ラ(9)」を「ド(0)」の位置まで移置する。すべての音を短3度上に、つまり、すべての数字に3を足せば良いだろう。
B : [0,1,3,4](4-3)
これが、ピッチクラス・セット理論で用いる「pcセット」の「原型」である。
9に3を足せば12になるが、オクターヴを考慮しないので、下の「ド」も上の「ド」も同じ「ド」と考えて、12=0になる。「原型」には名前が付いていて「4-3」というのがそれだ。「4つの構成音からなる3番目のセット」という単純な意味だが、ただの名前と考えて構わない。(『無調音楽の構造』241ページを参照。)同じ要領でAを計算すると以下のようなpcセットが導き出せる。
A : [0,1,4,8](4-19)
このように整列させることで、数学で分析することが可能になる。
高校の数学で「集合」を勉強したことを覚えておられるだろうか。このブログの読者が演奏家であることを鑑みて、そこには触れず、話を進めることにする。
譜例はウェーベルン『第2カンタータ』終曲。合唱とオーケストラのための作品で、本来はテノール、アルト、ソプラノ、バスの順に提示されるが、すべてまとめて縦一列に揃え、各パートの最初の音を「0」として数字を振った。
ソプラノを見てみよう。「0、3、11、10…」と続いているが、12音技法で書かれているので、当然かぶさる数字は一つもない。ソプラノとテノールは「ファ♯」と「レ」と、始まる音こそ違えど、この数字の並びがまったく一致している。つまり、長3度のカノンになっているのだ。続いてアルトとバス。「0、9、1、2…」と続いている。「シ♭」と「レ」と、始まる音は違うが、やはりカノンになっている。
ソプラノとテノール、アルトとバスの関係は、そのまま縦に足せば見えてくる。
Sop & Ten |
0
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3
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11
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10
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2
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9
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1
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Alt & Bass |
0
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9
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1
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2
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10
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3
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11
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計 |
0
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0
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0
|
0
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0
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0
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0
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残りの数字についても同様だ。すべて0(=12)になる。
つまり、ソプラノとテノール、アルトとバスは反行形の関係にあるということだ。
前半部ソプラノの最後の「ド」と、後半部バス最初の「ド」の音を見ていただきたい。ソプラノを左手の人差し指で、バスを右手人差し指で押さえたら、左手は左に、右手は右に動かす。そこに見えてくる数字を見て欲しい。逆行形である。ソプラノからバス、アルトからテノール、テノールからアルト、バスからソプラノに点線をつないでおいた。すべてそのような関係にある。
中間部。この8音の中間、4音と4音の間に、この曲の中間点がある。
今度はソプラノの最初の「ミ♭」に右手人差し指を、バス最後の「レ♯」に左手人差し指を置いて、右手は右に、左手は左になぞろう。ちょうど逆になっているのがわかる。同様に、アルト最後の「ド」と、テノール最初の「ド」から、それぞれ逆方向になぞろう。
ソプラノ最後の「ミ」に付けた0から遡って1、9、5…。テノール最初の「ド」から付けた0から順を追って11、3、7…。これをそれぞれ足すと、次のような表になる。
Sop & Ten |
0
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1
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9
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5
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Alt & Bass |
0
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11
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3
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7
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計 |
0
|
0
|
0
|
0
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残り4つの数字についても同様。これは反行の逆行である。
全パートのいちばん最初の音を(曲ではズレているが)仮に和音と考えると「3-12」。「レ、ファ♯、シ♭」の増三和音だ。前半部の最後も、後半部の最初も最後も、すべて「3-12」になっている。前半部の真ん中にある4音を取り出すと「4-19」のセットが発見できるが、この両者は関係が深い。というのも、「4-19」は「半音がひとつ足された増三和音」だからだ。つまり「4-19」のなかに「3-12」が含まれている(この場合、「3-12」は「4-19」のサブセット、「4-19」は「3-12」のスーパーセットである、という)。中間部は「4-3」で始まり、同じく「4-3」で締めくくられる。この「4-3」は前半部の4音と、中間部の4音にも確認できる。
このように見ていくと、この曲のほんとうの姿がよくわかる。
2つの長3度を含む「4-19」と、長3度の間に2つの短3度が詰まっている「4-3」に「機能」が与えられているものと考えれば、響きこそ耳新しいものに聞こえるかもしれないけれども、これは古典、もしくはいっそう古いバロック期の作曲家による設計そのものの姿であるとすら言える。
2つの長3度を含む「4-19」と、長3度の間に2つの短3度が詰まっている「4-3」に「機能」が与えられているものと考えれば、響きこそ耳新しいものに聞こえるかもしれないけれども、これは古典、もしくはいっそう古いバロック期の作曲家による設計そのものの姿であるとすら言える。
ところで、注意深い読者はお気づきかもしれないが、この文章を少し遡って頂いて、モーツァルト交響曲第40番の譜例を、もう一度、眺めて欲しい。そこにウェーベルンと同じ「4-19」と「4-3」という数字を見つけられるだろうか。
モーツァルトの意図は、まさしく調を不安定にすることにあり、ゆえに主音「ソ」を除く11音でブリッジを書いたわけだが(この後にもすぐに、反復進行を使って12音すべてを地獄めぐりする箇所があるが、そこでも「ソ」ではなく「ファ♯♯」に向かうのが憎い)、このブリッジを書いた基準を尋ねたら、もしかしたら「なんとなく」かもしれない。
一方のウェーベルンは、彼は彼で考えに考え、考え抜いてこの音列を作ったに違いない。そうでなければこのような見事なカノンは作れない。ただ、その材料のひとつ「4-19」は、ウェーベルンだけでなく、シェーンベルクが書いた『弦楽四重奏曲第4番』第3楽章冒頭の音列(譜例上)にも、ベルク『ヴォツェック』の重要なモチーフ「Wir arme Leut(自分たち貧乏人には)」(譜例下)にも現れる。モーツァルトの遺伝子が確実に受け継がれてきた様を、ここに見る。