夏休みの自由研究に、ピアノのための24の前奏曲を書きました。
課題としましては、(1)もちろん24調すべて使うこと。24調を廻る手段は半音でも5度でもなく、3度です。そのアイデア自体はリスト『超絶技巧練習曲』と似ていますけど、配置は異なります。内表紙にはコンセプトを説明するトンネッツ図を付しておきました。(2)全曲見開きに収めること。要するに2ページ以上の曲は書かないこと。(3)音域を限定すること。早い話、ヘ音記号を使わないこと。以上3点です。
10年ほどピアノのソロ作品からは遠ざかっていたのですが、某氏から「西澤さんにとって調性とは何かということを書いてほしい」というご意見があって、なるほどその手があったかと思い、アイデアが降りてきました。本当は「24の前奏曲とフーガ」を所望されたんですけど、フーガまで含めるとオペラどころじゃなくなっちゃうから、前奏曲だけでごめんね。
以下のサイトに公開しておりますので、よろしくお願いします。
Piascore https://store.piascore.com/scores/112148
Score Exchange https://www.scoreexchange.com/scores/557583.html
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僕がなるほどと思った「その手」について、少々補足を。
「調性とは何か」という問いは受け取りようによっては少々意味が限定されてしまうので、「どのように中心音を説明するか」という問いと言い換えましょう。音楽の歴史においては、様々な音程が「中心音を説明」するための道具として検討されてきました。声楽が中心の中世の頃は上下2度で説明していたものが、器楽が発達したルネサンスの頃からは上下5度になっていきます。下の5度=サブドミナントが「一種の発想の飛躍」であったとは、以前書いた通りです。これがいわゆる機能和声となって古典・ロマン派の基をつくり、今度は上下3度の扱いが検討されていきます。
その古典・ロマン派において、「一種の発想の飛躍」の役割を果たした音程は、増5度。つまり増三和音でしょう。その扱いはモーツァルトからウェーベルンに至るまで共通した特徴が見出されます。が、終戦を境に状況が変わる。ポスト・ウェーベルン世代となると、とたんに3度の影響が薄くなっていく。代わりに扱われ始めたのは7度、そして増4度です(…となると、3度ではなく5度を扱ってそこに至ったバルトークの特殊性を思うのですが。)
ルネサンスからバロックが第3倍音に習熟する過程とすれば、バロックから古典・ロマン派は第5倍音に習熟する過程と言える。その次の世代として、第7倍音や第11倍音…つまり、7度や増4度が検討の対象になっていくのは自然な流れでしょうし、その文脈でスペクトル楽派のような試みも当然のことと理解できます。もっとも、古典・ロマン派の3度のように、7度もまた長短問わず検討されるべきでしょう。現代音楽はもちろんのこと、ポピュラー音楽の世界でも、いわゆるメジャーセブンスのコードのような形で生のままの7度が扱われ始めるのは同時代的な出来事と思います。
僕は野良の作曲家なので、どなたか、こういう論文を僕の代わりに書いてください。
以上、バッハが2度間隔の配置で5度を表現し、ショパンが5度間隔の配置で3度を表現したのなら、3度間隔の配置で7度を表現する曲集があっても良いじゃないか、というのが、僕の思った「その手」であります。
古き良き時代やら、19世紀的なものへの憧憬やら、僕は縁のない者であり。しかし同時に、戦後のあらゆる前衛技法も(若い頃は夢中になって聴きましたけど、しかしながら)僕にとっては19世紀以前の音楽と等しく過去の出来事で。付け加えれば、符丁化された「感動」など眼中にあるわけなく。ただ単に、素材を把握しやすい形にするという一点の目的のために、僕は作曲家としていわゆる「調性音楽」を扱うようになったのですが、今回の曲集は、そうした僕の立場をもっとも良く表したものになったかもしれない、と思っております。
全曲弾くと35分くらいです。ピアノ弾きの皆さんの挑戦をお待ちしております。