なにしろ予想の裏をかくというのがベートーヴェンの真骨頂。御大が勝手に設定した俺様ルールを聴衆に一方的に押し付けておきながら、それを逆手にとってフェイントをかまし続けるという根性の曲がり具合。わかりやすい例を挙げれば、弦楽四重奏曲第15番を書いた直後の、天国が見えてきましたのでこれからあの世に行って参りますという作曲家が「Es muss sein!」の一発ギャグとともに第16番を書くという脈絡のなさ。素人にはわかりませんが、そういうの、AIはフォローできるんでしょうか。
先年惜しくも亡くなられた船村徹先生。新聞の追悼記事中には生前の彼の言葉がいくつか載っていましたが、そこで語られていた彼の「ライバル」の存在は、揃いも揃ってドイツの作曲家ばかりで、やっぱりね、と僕は思ったのでした。船村徹のメロディは後期ドイツ・ロマン派の王道です。『佐渡情話』は特にR・シュトラウスの『4つの最後の歌 Vier letzte Lieder』を参照にしました。船村徹は彼女のファルセットを愛していただけあってメロディの音域が広く、生身のクラシックの歌手が歌うと大変技巧的な歌曲になります。
『車屋さん』はラヴェルの『5つのギリシャの歌 Cinq Mélodies Populaires Grecques』の第1曲『花嫁の目覚め Chanson de la mariée』を(結ばれる歌の伴奏で結ばれないおっちょこちょいなお嬢さんの歌を歌うのも面白いかと思いまして)、『日和下駄』は初期ショスタコーヴィチの歌曲『クリローフの2つの寓話 Две басни Крылова op.4』の2曲目『ろばとうぐいす Осел и соловей』を特に参照にしました。『花笠道中』はシャブリエ風にまとめてみようと試みたんですが、果たして成功しているのかどうか。
この歌の編曲はクラシック専門インターネットラジオ・ottavaでも取り上げてくださいました。先述の通りロシア・フランスの流れを汲む米山正夫のメロディなので、元祖たる作曲家ムソルグスキーの『小さな星よ、おまえはいずこに Где ты звездочка?』の和声を用いました。この曲を弾くたびに自分のなかの何かが終わるので、練習に困ってます。